絶対運命黙示録

クィアな魔女です

ぬいぐるみを愛せない


さいきんは「ぬい活」という名前がつくほど、ぬいぐるみと行動をともにしたり、ぬいぐるみをかわいがることがブームになっている。私の身近なところでも、ぬいぐるみを持ち歩く人はそれなりにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はぬいぐるみを愛せない。

 


そもそも愛そうとしないんじゃないかとか、幅広く愛しているがゆえに特定のぬいぐるみを愛せないんじゃないかとも思う。もちろんちいさいころから持っていたぬいぐるみや、旅先で買ったぬいぐるみ、友だちからもらったぬいぐるみなど、それぞれに愛着はある。というか私はぬいぐるみを大量に所持しているしなんなら作ってすらいる。

 

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去年シリーズ的に作り出したぬいぐるみたち。

 


ぬいぐるみはわからない。かわいいし手触りもよいものが多いが、つよく執着することができない。たぶんいま持っているぬいぐるみのひとつでも欠けたり破損したりしたら悲しい気持ちにはなると思うが、それでもやはりぬいぐるみに対する「愛」がわからない。

 


まだ運命のぬいぐるみに出会えていないだけなのかもしれないし、ぬいぐるみ全般に対して興味が薄いのかもしれない。

 


ていうか世のぬいぐるみ愛好家たちはどの程度ぬいぐるみを愛しているのか? それは人それぞれだと思うし、愛し方もちがうと思う。一度ぬいぐるみ愛について語る会かなんかに参加してみたらいいのだと思う。

 


ここ一年ほどぬいぐるみとの距離感、己のぬい活への向き合い方などを考え、ぐるぐると思い悩む日が増えた。

私だってぬいぐるみを連れて歩きたい、「この子が私にとってナンバーワンでオンリーワンなのだ、この子に世界のあらゆるものを見せたい」という気概でもってぬいぐるみとの生活の片鱗をSNSに上げたい。

 


そして気づいてしまった。ぬいぐるみひとつまともに愛せない私に、果たして人間を愛せるのだろうか? と。

人間、好き。友だち、すごく好き。ほんとうに?

たんに自分がいかにも情愛にみちた慈悲深い人間かをアピールするための道具にしていないか?

 

 

 

 


ええい、もうなにもかもがわからない。欺瞞だと思われたっていい。愛を知りたい。

生き延び日記


自死自傷行為、性暴力に関する記述があります。

 


泣いて喚いて死なせてくれと叫ぶ夜がある。

それを見た同居家族が泣きながらそんなことはやめてくれと言うのを見て、より一層こんなところから逃げ出してしまいたくなる。だが、死へ飛び込むことは逃げたことにならないし、私は自分で自分の命を絶つことを許さない。私は自死を許さない。

 


自死のことを「病気がそうさせたのだ、病死だ」と言うひとがいる。しかし、それは自死を正当化しないし、仕方がなかったなんてこともない。

 


去年の夏から今年の夏までの1年間、私の事情を垣間見たひとから毎月寄付を受けていた。個人から、労働の対価としてではなく、ただ生きていてほしいからという理由で支払われる月々のお金は、1年間私を生きながらえさせた。どんなに苦しくてつらくても、毎月同じ日にお金が振り込まれることによって安堵できる時間があった。

 


性暴力サバイバーになってから、一時期SW(ソーシャルワーカーではない)として働いていたことがある。ときどきチップを貰うことがあったが、大抵の場合それは規定外のサービスを要求するものであり、私はそれが苦しかった。お金を受け取ることによって性暴力が肯定される、もしくは同意とみなされることに絶望した。

 


どこで読んだのかを失念してしまったが、「性暴力サバイバーがSWとして働くことで、自身に起きたことを客観的に捉え、どこが問題なのかを確認し、トラウマケアの一環になることがある」という文章を読んだことがある。

私の場合はトラウマケアどころか新たなトラウマを増やすだけだったようにも思えるが、それでもいまこうして生きていること、生きて、過去を分析しようとする力がはたらいていることを考えると、決して無駄なこととも言い切れないのではないか。

 


いままでの人生、いいことも悪いこともたくさんあって、はたから見れば自傷行為のようなことも数えきれないほどしてきた。しかし、それらは私を生かす方向に動いてきたし、生き延びるためにしてきたことを、私は否定したくない。

松浦理英子1


 私がはじめに松浦理英子に出会ったのは、大学院生のときだった。ひとから『ナチュラル・ウーマン』を借りて読んだのだ。わからない、と思った。容子が花世にたいしてしたように、心底焦がれることが想像つかなかった。そして、私は果たして「ナチュラル・ウーマン」なのか?という問いがついてまわるようになった。

 その後はいくつか松浦理英子作品を読んだが、どれも最後までは読めていない。私は松浦理英子を恐れている。物語が着地すること、そしてそのことによってみずからが宙吊りになってしまうことを恐れている。

 私は松浦理英子に暴かれたかった。容子が花世にそうされたように、完膚なきまでに屈服させられたかった。しかし、松浦理英子はそうしない。松浦理英子はきっと私を見ない。私はきっと松浦理英子にとって魅力的な人間ではない。わざわざ紙とインクを使って暴かれるようなこともなく、描写することもないような、欲望されない凡庸な人間だ。

 私は誰の「ファム・ファタル」("ファム"なのか?という問題はさておき)にもなれていない。誰からも欲望されない。いままでに付き合った誰もが私を見なかった。私自身がそうだったように。

ナチュラル」とはいったいどのような状態のことなのか?「しっくり」くればそうなのか?「自然な」とあらわすのと何が違うのか?かつてジュディス・バトラーが『ジェンダー・トラブル』で論じたように、「オリジナル」とされる「自然」とは結局それ自体が「自然や起源という観念のパロディでしかない」(『ジェンダー・トラブル』2018年、69頁)のではないか?

 いま、私がここにいること自体が私の実存の証明にほかならないが、私の輪郭をかたちづくるものはほとんどないに等しい。何が「しっくり」くるのかも、「自然な」状態なのかも、それこそ「ナチュラル」なのかも、いまいちわからない。自分を形容することばが見つからない。もしかしたら松浦理英子ならば知っているかもしれない。だが、それは松浦理英子の語彙でしかなく、私の語彙ではないのだ。

 私は松浦理英子になりたいのかもしれないし、なりたくないのかもしれない。ただ、松浦理英子の、『ナチュラル・ウーマン』の存在そのものによって私は本質的に変わってしまったように見えるが、じっさいは松浦理英子によって自分で自分がわかっていない、しかしそれを屈託なく受け入れているわけでもないということがわかっている。

 私は私で「ナチュラル・ウーマン」以外に自分をあらわす語彙を見つけるべきなのだ。

「女同士」というとき


 そこには、どんな「女」が想定されているのか? 「女同士の絆」、「女性同性愛」、「シスターフッド」……。「女同士」ということばや、「女と女が親密な、または連帯した関係性である」ことをあらわしたことばはフェミニズムの隆盛にともなってどんどん増えてきた。

 では、その「女」とはだれか? 多くの自分を女性と思うひとたちは、「『私たち』のことだ」と答えるかもしれない。しかし、「女」とひとことであらわしても、そこにはさまざまな要素が絡み合っており、自分と同じ「女」などひとりもいないことがあきらかになってくる。なぜなら、人種や国籍だけでなく、社会的地位や状況がひとりひとり異なるほか、どのようにみずからを「女」として規定してきたか、なにによってそう感じられているのか/感じさせられているのかは個々人によってまったく違うことであるからだ。ここで「自然/"ナチュラル"」な「私たち」が幻想であることに気づくひともいるかもしれない。「女」とは決して一枚岩ではないのだ。

 


 一部のひとにとって「女」とはほんとうに便利なことばだと思う。「男」でないひとを一緒くたにして放り込んでおける箱なのだから。

 もしこれを読んで、あなたが、なんの留保も衒いもなく「女」や「女同士」ということばをつかうことに抵抗を感じるのであれば、一度立ち止まってほしい。世界は「女」と「男」だけではないし、そのふたつのカテゴリの中にも多様な人間がいるということを、よくよく考えてほしい。そのとき、あなたは「女」や「女同士」をほかにどういいあらわす?

 


 私は自分を「女」とは思わない。すくなくとも、「ナチュラル」な「女」とは思わない。松浦理英子が『ナチュラル・ウーマン』で書いたように、屈託なく「女」をやる私は(もうすでに)いないし、別のだれか(とりわけ「女」)の存在によってみずからを「女」と感じることもないからだ。それを聞いて私に「あなたは『まだ』そうなのかもね」というひともいるかもしれない。しかし、いま、この瞬間を生きている私は、本気で自分と「女」を結びつけることが不可能なのだ。きっと永遠に。

結婚あるいは妊娠と身体


※性暴力に関する記述があります。

 


 30歳を1年後に控えている年齢にもなると、周囲の人間たちが続々と結婚していくのを目の当たりにする。進学とか就職とはまた違った感じのするライフステージの変化に、私に起きたわけではないのになぜか胸がざわつく。結婚は、ひとが他者と生きていくことを国家からの承認というかたちであらたに決意表明するものだと思っているが、どことなく遠いものな気がしてしまう。じっさい私は反婚論者であるし、非婚である。いくら友人であろうとも、結婚という選択をすること、そういう選択ができてしまうことについて手放しで祝福することが難しいと感じてしまう。その一方でうらやましいとも思う。

 めちゃくちゃロマンティックなものに憧れているのに、手に入れるのがこわい。

 


 結婚はしばしば妊娠、出産と結びつけられがちだ。結婚という制度そのものが異性愛による生殖(と、それを使ったイエ制度の存続)を目指してつくられたものであるからして、仕方がないのだろうけど、やはり結婚して子どもをもつひとが私の周りにも多い。

 私は、結婚という制度に支えられた関係性に憧れはするが、妊娠、出産というものがときおりおそろしい。

 パートナーシップを結ぶ行為は、結婚という制度の使用にかかわらず私の人生に致命的に欠けているものな気がしてしまう。他者とやっていくことに対して自信がない。

 妊娠や出産は、自分が望んでいることかどうかがそもそもわからない。タイムリミットのようなものもあるからよくわからないまま焦る。これは、妊娠の可能性のある行為が私の望まないうちにあったことに起因しているのではないか、と考えている。

 


 これまで何度も侵害されてきた私の身体は、どこにも行けないで宙ぶらりんなままだ。身体がなければどれほどよいか、とはつねづね感じているが、ハグや握手などでときおり触れるやさしいぬくもりを思うと、そうそう手放せない。しかし、さまざまなひととの性行為を介して得る身体の実感は罰だと思う。密室のうちに行われるそれは、快楽などではない。自身が実体をともなって存在すること、場合によってはあたらしい存在を生み出してしまうかもしれない可能性があることを突きつけてくる。

 


 これを書いているいま、私はめちゃくちゃに怒っていると思う。暴力の連鎖を断ち切れないでいることや、暴力についてなにも知らないままでいたかったという能天気な自分に。

 なにかの拍子に安易に妊娠できてしまう自分の身体が気持ち悪い、吐き出したい。

 もうなにもかもがめちゃくちゃだ。なにが書きたいのかもわからない。ただ言葉を刃物のように使って振りまわしたいだけだ。そしてそれでだれかが傷つけばいいとすら思ってしまう。だれも傷つかないことなんてないけれど、故意にやっている私はなんて卑怯なんだろう。

 


 身体なんてほしくなかった。

なんにもなれない


同人女の感情」シリーズが好きだ。同人界隈あるあるというよりかは巨大感情炸裂暴走劇として好きだ。最近初出がもう5年前という事実をあらためて突きつけられ、月日の流れにおののいている。

 この5年間というものの私は日々おけけパワー中島に嫉妬したり自分はだれかのおけパなのかもしれないと思いこんだり、いやどちらかといえば七瀬ではとかいろいろ考えては綾城にもおけパにも七瀬を筆頭とした綾城とおけパに狂わされるあまたの女たちのだれでもないしだれにもなれない自分に絶望していた。

 そういうぐちゃぐちゃした思考をぐるんぐるんと回しながらも唯一踏み出せたことといえば私自身が「同人女」になったことだろうか。はじめは自己満足のつもりでほぼ内輪で作った同人誌が思いのほか好評で、文学フリマというイベントにも持っていき、新刊も出すようになった。漫画は描かないので読む専だが、コミティアにも数回行った。そして、このような同人イベントとされるものに足を運び、知り合いや友人ができてくるとより一層わかるのである。綾城やおけパは誇張抜きで実在するのだと。

 リアル綾城はまぶしかった。それと同時に私はリアル綾城にとってなにものでもないことに再び打ちひしがれることにもなった。

 精神科に入退院を繰り返しては、あーまた親の金をドブに捨ててしまったなあと思う。反省はするがもうどうしようもないことなので開き直るしかない。とくに今回はしっかり療養につとめるつもりで入ったのに初日から他人が無理になってしまったので仕方がない。仕方がないわけではないかもしれないけど、他人とうまくやれないなということを強く実感してしまった。

 入院中(といっても数日間だが)、公式からの供給があったこともあり私はひたすら綾おけ二次創作を読み、あまつさえ自分でも綾おけ二次創作短歌を詠んでいた。短歌は想像以上に湿っぽく、もはや綾おけ要素が無に等しいものであった。

 今日も私はだれのなにものにもなれない。

ストリップ劇場でレインボーフラッグが舞った日


 ちいさいときから演劇やショーをみるのはすきだった。都内にはすこし時間がかかるが電車一本で出られるところで育った私は、芸術や文化というものがすきな親に連れられ、よく劇場に足を運んだ。帝国劇場のような大規模で、国の偉いところにおすみつきを与えられるようなところから、下北沢のちいさな劇場まで、ほんとうにいろいろ。こういうのを文化資本に恵まれているというのだろう。とにかく、そういう育ち方だった。それでも都内に出るのには時間がかかるし、そこでなにかしようとするならなによりお金がかかる。周りに週末の過ごし方を話せる人はいなかった。でも、親曰く「高校にはそういう話のできる友人がいる」とのことで、よりはやく大人に近づいたり、よりよい学校に通うことで解決するのだと思っていた。だから地元でいちばんの公立高校にはいって演劇系の部活にはいり、だれひとりとして私と同じような「育ち方」をしていないことが判明してその部活を即座に辞めたとき、絶望した。遠くても、もっと都内に近いところで私立のところを受験しておけばよかったとすら思った。

 


反吐が出る。

 


 想像以上に自分の特権意識にがんじがらめになっているこじらせの記録が長引いてしまった。こういうところがあるから私は私のことがすきだけどすきになれない。すきだから、もっといろんな人に認めてもらいたい。すきになれないから、すきになれる私になりたい。

 


 劇場という装置はすごい。みるものに視線の暴力を発動させ、欲望を喚起する。それがゆるされてしまう。舞台とじぶんが渾然一体となって意識におそいかかり、じぶんがもはやなにものなのかがわからなくなる。ただ、いる、という感覚。ちいさいときはそういうのがただただ楽しくて、無邪気によろこんでいた。舞台をみているあいだは、私はなんにでもなれた。演者との同一化ができた。

 しかし、ある程度成長したらできなくなってしまった。私は男ではなかった。私は細く、すらりとした長身ではなかった。私の声は、いつまでも舌足らずだった。中学生ではじめてみた宝塚も、一瞬にして私を魅了したが、同時に絶望の淵へと追いやった。私は、あの舞台に立てる人間ではなかった。

 観劇はよくしていたけれど、ここに私の居場所はないんじゃないか、と、どこかで思っていた。

 そんなときにみたストリップは、いままでの私をまるごと受け止めてくれた。「美」とされるものにある種の画一的な基準がなくて、それなのにどんな姿もうつくしいと思わせる技の巧みさ。裸体になるまでの過程をすこし前のめりに、けれども余裕を持ちながらみている客席。

 鍛え抜かれているけれど、個性があることが重んじられている踊り子さんたちの姿になにより救われた。「美」がうたわれる舞台にもいろいろな人がいていいんだと思わせてくれた。

 

 

 

 2025年の5月もなかばをすぎて、私は友人と浅草ロック座の入場券の購入列にいた。雨と風が強く、大きめの傘をさしていたにもかかわらず私はびしょぬれになってしまった。こんな天気だからあまり人も並ばないだろうとたかを括って開場1時間前に劇場前に着いたら、すでに数十人が並んでいて、私たちのあとにはすぐに長蛇の列ができていた。私の着ていたワンピースはもはやしぼれば水が滴るほどにびしょびしょだったが、なにがなんでもそこを動くわけにはいかなかった。目の前にはなんとユニクロがある。今すぐはいりたい。はいって、あたらしい服を買って着替えたい。列を抜け出そうという邪念がよぎることもあったが、そこまでしてでもチケットにありつきたい気持ちはすさまじかった。なぜなら、前日にSNSでパブリックサーチをしたところ、「フラッグパフォーマンス」や「レインボーフラッグ」というワードが引っかかり、おおお??となっていて、もしかしたら、ほんとうにもしかしたら、クィアのシンボルとしてのレインボーフラッグが出てくるのではないか??という期待をしていたからだ。

 やっと開場時間になり、チケットを買うと一目散に私はユニクロへと走り、値段もみずに適当なワンピースを買った。お手洗いで着替える。さっぱり。

 今回みたのは「Muse 2nd」という興行で、古今東西のさまざまなアートシーンをモチーフにしているのだそう。

 レインボーフラッグが出てくるとしたらここかな?と思っていた6景。ヒッピーっぽい人たちが出てきたと思ったら桜庭うれあさんはなんとオノヨーコ!!芯が強そうな表情をみせながら、なんと振り回しますのはおおきなおおきなレインボーフラッグ!!!!これはもうクィアのシンボルとしてのレインボーフラッグでしかない!!!!アツい!!!!サイコー!!!!

 今までもクィアであったり、クィア的なものがモチーフになった演目はみたことがあったけれど、ここまで明確に打ち出してきたのをみたのははじめてだった。ただ、いま現在が平和であり、その平和を象徴するかのような使われかたであったのがすこしかなしくもあった。いまの世、ぜんぜん平和じゃない。でも、それでも、クィアのシンボルをおおきく堂々と使ってくれたのはほんとうにうれしくて、泣いた。その人がどんな人であろうが、その人は尊重されなければならない一個人である。 すべての人間は、法の下に平等であり、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されないのだ。アイデンティティひとつで扱いが変わるなんてこと、そんなことがあってはならない。

 

 

 

 ストリップは魔法じゃないかもしれない。つねにただしく、完璧なわけでもない。そんななかで私はストリップに救われ、ふたたび舞台の世界にダイブすることを受け入れてもらえた。どんなバッググラウンドがあろうと、どんな傷を抱えていても、どんなアイデンティティであろうとも、私はこの場所で自由だ。

 ストリップ劇場の相次ぐ閉館等によりきびしい昨今であるが、私はそこにストリップがあるかぎり生きられるだろう。