絶対運命黙示録

だいたいツイッターにいます@wenoim

交換日記をしている②

2022年2月3日


 恵方巻きを食べました。おいしかったです。フォロワーさんが薄切りにして食べた様子をツイッターにアップしていて、「かぶりつくものじゃないの!?」と衝撃を受けました。  

 

 

 

2022年2月8日


 なにもしない一日でしたが公募に出すエッセイを書きました。大学院を出てある程度の文章は書ける私ですが、世の中にはもっとすごい人たちがたくさんいて、どうしようと焦る毎日です。ほんとうは文章を書いて、好きなだけ本を読んで暮らしたいです。今度の賞で大賞が取れたらよいのですけど、むずかしいのかなあとおもいます。私には明晰さというものが欠如していて、きらめく才能がないのだとおもうのですが、それに劣らないくらい努力して人の心に残る文章を書けるようになりたいです。

 

 

 

2022年2月9日


 青山七恵は私の書きたいものをすべて書いてしまう作家だと思っています。彼女の書いたものを読むと、私の考えている曖昧なことがらがすべて言語になってあらわれてきて、どうしようもなく悔しくなってびりびりとした感覚に襲われます。こうやって私が「悔しい」とか「びりびり」といってあらわすことも、青山七恵は的確にもっと違う言い方をするのでしょう。それはときには端的であったり、情感あふれる詩的なものだったりするのです。

 


2022年2月16日


 青山七恵の『すみれ』という作品は私にとても大きな影響を与えました。中学生の主人公藍子の家に精神を病んでしまったレミちゃんという藍子の両親のともだちが住みつくという話なのですが、レミちゃんは藍子には難しい問いをいくつも投げかけます。たとえば人の会話について、人はほんとうに大切なたったひとつのことをいくつもの言葉をかぶせて相手から見えないようにしてしまう。それを受け取った相手はそのかぶせられた言葉を取り除いてほんとうに大切なたったひとつのことを見つけ出すけれど、それが見つかったときにはその言葉を投げた人はもういない、もうそこにはいたくないのだと言います。レミちゃん的には余計な言葉をかぶせないで単純でいることがときにはとてつもなく美しいのだと言いますが、多くの場合単純であることは下品になってしまって、人はそれが怖いのだとも言います。そしてレミちゃんはそういうことをどう思うか藍子に問いかけるのです。私にもこの問いは難しいです。だって私はいつもいつもいらない言葉をたくさんかぶせてほんとうに大切なたったひとつのことを見えなくして逃げてしまうからです。ずるいな、とも思います。しかしそれも人間が生き延びるための戦略でもあると思うのです。けれどそれがレミちゃんにとっては苦しい。私はレミちゃんのような繊細な人がいてくれることが救いだとも思うのですが、同時にレミちゃんが生きやすい世の中になってほしいなとも思います。

 


2022年2月17日


 ツイッターで相互フォローの方がレズビアン漫画と百合漫画とをつかいわけていて、よくわからないなと思いました。どちらも女性同士の恋愛を描いているのに、「百合」「レズビアン」とわけられてしまうことは疑問です。おそらくですが、「百合」にはほんのりとした淡い恋心的なものが、「レズビアン」には現実的なものや性的なものがニュアンスとして含まれているのでしょう。今までずっと「レズビアン」ということばには性的なニュアンスが付与されてきた(「レズ物のポルノ」など)という経緯があります。それをふまえると、今、「百合」と「レズビアン」をわけて語ってしまうあやうさを感じずにはいられません。ふと、私自身がセクシュアリティに疑問を抱いた高校時代、「レズビアン」で検索すると多くのポルノサイトが出てきて、肝心のセクシュアルマイノリティに関するサイトがなかなか出てこなかった、という経験を思い出しました。