絶対運命黙示録

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かつて女と女が手を取り合ったときに

 私はここで、17世紀の女性画家による女性同士の連帯の表象がもたらしたものについて書こうと思う。 

 バロック期イタリアにはアルテミジア・ジェンティレスキ(1593-1653年)という画家がいた。彼女は画家の家に生まれたために小さなころから修業を積むことができ、父親からその才能を見出され、画家としてデビューすることができた。また、17世紀当時女性として画家の仕事を生涯続けることができたため、彼女はある程度成功を収めることができていたといっていいかもしれない。

 アルテミジアはその画家としてのキャリアの初期に何点かユディトを描いている。

 ユディトというのは旧約聖書外典に登場する救国の女英雄である。その言葉の巧みさと美貌によって敵将ホロフェルネスを心酔させ、じっさい酒にも酔わせて寝込みを襲い、首を刎ねて殺害、祖国に勝利をもたらした。このめずらしい存在であるユディトは救世主として崇められたが、その能動性や暴力性によってときに魔女として扱われてきた。また、旧約聖書外典にはユディトは侍女を連れて敵陣に赴いたという記述があり、多くの絵画のなかで侍女はユディトの若さや美しさを引き立てるために醜い老婆として描かれてきた。ユディトはつねに分断されてきたのである(これはほかの女性キャラクターにも当てはまる)。

 しかし一方で、アルテミジアによる侍女はユディト同様若い女性として描かれ、力強い、ともに闘う同志である(軍を率いるような屈強な男性を、眠っているときでも斬首するのは若い女性2人でないと無理であろう)。そのうちのピッティ宮殿におさめられている一点は、ユディトが左手で侍女の肩を抱き寄せる、親密さをうかがわせる構図となっている。アルテミジアはユディトをひとりにはしなかった。

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 アルテミジアによる数点のユディト作品が何の意図をもって描かれたのかも、当時どのように受容されたのかも今となってはわからない。ただわかるのはアルテミジアが没後300年近くにわたりその存在を無視され続けたということである。

 こんにち私などのような人間はこのユディトと侍女の関係性に連帯を見出し、エンパワメントされている。聖女/悪女(魔女)として分断された女性像ばかりが並ぶ美術館の中にこういった作品が掲げられているとき、私はやっと息ができるのである。アルテミジアが女同士の絆をどこまで意識していたのかはわからないが、400年も前にこのような表象が描き出されたことは私を勇気づけ、息苦しかった美術史の中に希望をもたらしてくれた。
 

図版出典

https://commons.m.wikimedia.org/wiki/Artemisia_Gentileschi_catalog_raisonné,_1999#/media/File%3AGentileschi_judith1.jpg

(2021年1月22日閲覧)